IDAクリニック産婦人科

 
2017年11月13日
不妊“傾向と対策”

“不妊”傾向と対策

前院長 井田憲司

    傾向と対策 表紙案2

(1)“結婚するとすぐ妊娠するはず”

 誰しも結婚して男女が一つ屋根の下に暮らすようになれば、特別に避妊していない限りすぐ妊娠するものだと思う。一回で妊娠するとは誰も思わないが、2~3か月やそこらで妊娠して当然と思っている。ところが、しばらくして、避妊もしていないのに妊娠していないことに気付く。“これってなに!ひょっとしてなかなか妊娠しないの?なぜかしら、なぜだろう”と思い始める。そうしているうちに6ヶ月となり1年となる。“なぜかしら、なぜだろう”が“ひょっとして私が悪いのではないか”と思い始める。次第に、周りに「まだなの?」と言われたり、先を越されたりすると、さらに追い詰められた気持ちになり“私ってなんて不幸なの”と思い始める。それが始まるとどんどん悪循環を繰り返し、最初は、“しばらくはゆっくりしよう”と思っていたのに“そうもできない、そうも言ってられない、そもそも結婚したのが遅かったのを忘れていたわ、そう言っているうちに世の中が言っている高齢の時期に入ってしまったわ、ゆっくりしている場合じゃないわ。”思えば思うほど悪循環である。夫は「そのうち妊娠するよ。チビができたら大変だから今のうちにゆっくりしとけ。」と言う。優しさが分からないわけではないが“年で焦っているのは私の方なのに分かってくれていない。”“埒が明かないから私だけでも先に病院に行ってみようか。”“黙ってでも。”多くのケースはこんな状況であろう。

(2)病院にいけばすぐ妊娠するだろう

 病院に行けば何が悪いかすぐ検査をしてくれて、どこが悪いのかすぐにわかり、それなりの治療をすればすぐ妊娠するだろうと思って当然である。そうなるはずなのであるが、あれやこれや調べた挙句、はっきりしない検査もあるが、概ね、悪くない結果が出ることがほとんどである。夫の検査は協力してくれさえすれば簡単であるが、大変なのは妻の側である。検査ができる適切な時期もあるし、体温も毎朝測らないといけないし、いろいろ詳しく調べると大変たくさんある。その一部は保険がかからないので全部やると大変高価となる。しかし、検査をして原因がわからなければ埒が明かないので、とことん検査して欲しいと思う人が多い。誰しもそう思っておかしくない。しかし、くりかえし、検査が異常に出ることは多くない。もちろん、検査結果をどうみるかにもよるが。

(3)“ながらく不妊外来にかかったすえ、やめた途端できた。”

 こういう話は多くの人が耳にしている話である。どれくらいあるのかはっきりしないが、とかくよく聞く話である。病院に行き始め、あれやこれや検査をし、治療をしたがなかなか出来ず、生理が来るたびに泣き腫らし“ああ、もうこんな地獄みたいな生活やめよう。二人で楽しく、楽に生きよう”と、やめた途端できたという話である。これを分析すると何が出るか。これが証明していることが2つある。やめた途端にできたということは、その時点で二人は妊娠能力において何ら欠陥はなかったということである。この時点でできたということは、とりもなおさず、最初から2人とも異常がなかったのではなかろうかと推測される。もう一つ証明できることがある。やめた途端にできたということは、何かがなくなった途端にできたということである。何がなくなったのか、それは“妊娠したいという想い”がなくなったのである。“妊娠したいという想い”はそれほどまでに妊娠を阻止しているのか。あらゆる二人の努力、医者の努力をさえぎる力を持っているということになる。妊娠したいという想いはそれほどまでに強い力を持っているのか。

(4)“原因不明妊娠”

 これが不妊原因の最多を占める。つまり、多くの場合、原因がはっきりしないということである。いろいろ検査をしても結果が出ないことが多い。ホルモンを調べても周期によっても時期によっても変わるのと、卵管を検査してもどれだけ反映しているかわからない。検査が痛いときと痛くないときと結果が変わることがある。そもそも調べて異常がなければ、安心するのか、余計に不安になるのか難しいところである。

(5)“妊娠したいと思えば妊娠しない”“妊娠したくなければ妊娠する”

 女性が妊娠した時に口にするのは“できちゃった”という言葉である。一部にはにかみがある場合もあるかもしれないが、多くは“できてしまった(私は欲しくなかったのに)”である。“しまった”だから成功ではなく失敗なのである。つまり、妊娠した状態は妊娠したくなかった状態における妊娠なのである。「傾向」と「対策」があるとするならば“妊娠したくないときに妊娠する。”“妊娠したいときに妊娠しない。”が「傾向」なのである。

東大に入りたいと思う人がいるとする。よしと気合を入れ、百科事典を一頁から読み始める。広辞苑を一から読み始める。これでは入れないのは日の目を見るように明らかである。誰でも知っていることは、まずは「傾向」を見極め、それに対する「対策」を適格に積み重ねることである。

(6)傾向と対策

まず、その「傾向」というのが“妊娠したくない時に妊娠する”と出た。ではその「対策」は“妊娠したければ妊娠したくないと思え”ということになるか。気にしている人に「気にするな。気にするな。」と言うことが人の助けになるか。否、言っている人の気休めでしかないことは明らかである。むしろ「気にしろ。」と言う方がましなくらいである。よって“気にすまい、気にすまい”と思えば思うほど気になって落ち込む。人間とはそんなものであろう。そこに入り込むとますますぬかるみに入って抜け出せない。

そんな時、仲の良い友人が「あんたは子供がいなくて良いよね。好きなだけ時間が使えて。」と言う。“私になんてこと言うの”とカンを立て、その友のことをいっぺんに嫌いになってしまう。こんなことがないだろうか。友は本当の心の叫びを吐露していてついつい言ってしまっているのである。子供ができた途端、有り余るほどあった“自由に使えていた時間”が急になくなり、子育て終了まで好きにできたことが一切できなくなり、大変な状況になることが見えていないのである。それはそこに行って初めてわかるのである。今まで当たり前にできていたこと、ふらっと外食に出る、思いついて遠出をする、海外旅行に行く、温泉に行く、ができなくなる。小さい子を連れて外食に行こうものなら子供が喚き散らし、お茶をひっくり返し、みんなから“こんな子を連れてくるの”とちらちら白い目で見られていたたまれなくなる。“もう二度と外食するか、外食するくらいなら家で作るわ”と心に決める。でも睨んでいるのは今、実はあなた達なのである。“ランチにも誘われないわ。当分泳ぎにも行けないわ”しかし、これに気づくのは、妊娠し子供が生まれてからなのである。そのあげく、妊娠したあかつきには妊娠しない期間が長ければ長いほど、“あれだけ時間があったのになぜもっと有効に使わなかったのだろう。行きたかったあそこにも行っていない、ここにも行っていない”そう思って後悔するのである。

今は天国が見えていない、地獄に行ってから初めて見えるのである。地獄に行ったら天国に行きたい、天国にいる時は地獄に行きたい。無いものねだりなのである。

そのうえ、いろんなことができなくなるのは女だけなのである。男は子供ができても飲み会はあり、旅行にも行ける、つきあいでなんでもある。“なんで私だけ”改めて女は大変なのである。

今しかないのである。では残された数少ない時間を後悔しないように考え直し、あそこに行っておきたい、これもしときたい、狂いまくってあれもこれもと思ってやり始めた途端、妊娠してしまい、“なんで今”と言っている人が多いのです。その気になった途端くずれるものなのである。

(7)旅行計画

“妊娠したくない”とはなかなか思えないが、妊娠する前にあれもしておこう、これもしておこうと思うと許されない。せめて、最後、ここだけでも行っておきたい、花のパリへ、水の都ベニスへ、はたまたマチュピチュへ、カッパドキアへ、カナディアンロッキーへ。そういう出来あい旅行もよいが、自分で作り上げるエーゲ海クルーズもよい。青い海に白いクレタ島、丘の上に立つ円柱と女神。夢をふくらませ、計画を練り、資料を集め、どんどんとその気になる。国内旅行でもよい。旅行パンフレットを集め、旅行本を買い、安くてよさそうな宿を調べ、クック社の時刻表で列車を調べ、ついに宿と飛行機を予約する。でもいざ行こうと決めても、いつ行くかと言うとなかなか時間がない。自分は時間をこじ空けても夫が空けられるかどうかわからない。“この夏は無理だ。年末だな。”そりゃあとっても遠すぎるだろう。そんなに待てない。それまでに妊娠してしまう。妊娠したら行けなくなっちゃう。最早、頭は旅行することでいっぱいで優先順位を入れ替えている。こうなったらしめたものである。宿と飛行機を予約した。あとは行くだけ。日が近づき、キャンセル料が発生するこの時期に…。“なんで今なの、うそでしょ、信じられない。今でなくていいでしょう。”こういう時期に妊娠してしまうことが多いのである。これが『作戦』なのである。行けたら嬉しい、行けなくても嬉しい。実は嬉しくない、ここまで来たらやめられない、まあ大丈夫だろうと押して行き、流産してしまう人も少なくない!

(8)“いまさらやめられない”

 「なんでこんな時期なの。行っていいですか。」「自分で決めなさい。」「もうやめられへんわ。」行ってうまく育てばこれほど良いことはない。しかし、それにはリスクが伴い、うまくいかないことも多い。やめる人も多いが、やめずに流産することもある。「先生、止めてあげてください。」「いや、私の蒔いた種だ。」こういう例もたまにある。旅行でなくても。うまいものを喰ってもよいし、温泉に行ってもよいし、キレイな服を買ってもよいし、要するに幸せになると女は妊娠する。毎日高いホルモン注射を打つよりもソフトクリームを喰えばハッピーになり、妊娠する。安上がりパターンである。

 女は甘いものを喰うと脳内にエンドルフィンという幸せホルモンが流れやすく、機嫌が直るという。確かにそうだ。幸せになる。男は甘いものを喰ったからと言ってこうはならない。安上がりの方法であるが、すぐ妊娠しなければ、ぶくぶく太り、大変なことになり、かえって不幸になる。

(9)子供はおまけ

 毎年日本では100万人妊娠している。その裏で、20万から30万人が毎年中絶している。すなわち4人に1人が中絶している。想像でしかないが、この人たちの多くはホテルかモーテルで妊娠した人ではないかと思われる。日本では“連れ込み”はあったとしても無理やり“拉致”されて妊娠したケースはそれこそあったとしても、多くはないと思われる。つまり、中絶をした人のほとんどは無防備に妊娠してしまった人は少なくないと思われるのである。大半の人々は避妊に次ぐ避妊をし、準備をした人々がその挙句、妊娠してしまったものと思われる。ここでも、妊娠を避ければ避けるほど妊娠してしまうという図式が出てくる。

 妊娠したい時に妊娠せず、妊娠したくない時に妊娠する。この矛盾は一体どういうことか。これは実証できないことではあるが、感覚的にそのように思われる。この矛盾はどう理解したらよいのであろう。この実証は難しいが簡単にうなずける。

 ここで一つ、考え方を変えてみよう。グリコのおまけが欲しいと言う。店でグリコのおまけをくださいと言う。店はグリコのおまけはあげられない。グリコを買ったらおまけがついてくる。おまけはあくまでもおまけであり、グリコに付随するものであり、本体はグリコである。おまけを貰いたい為にグリコ買うものではない。いわば動機が不純である。

 かたやモーテルで妊娠してしまった人々は絶対におまけはいらん。でもグリコをおいしく食べ過ぎた人はおまけが必ずついてくる。(必ずとは言えないだろうが。)神様が女の体をその様に作ったとするとなかなかうまく作ったものだと思える。複雑奇怪な女の体はその様に作ってあるとしたら、なかなかうまくできているとしたら、その機構はいまだ不明であるが、うまくできている。

 子供が単純に欲しいと思えば思うほど却下され、子供を目的としなければ成就する図式がある。子供を目的とすればするほど愛の行為が淡白であり、子供を目的にしなければ、その方が愛の行為が深さを増し、到達度が深く、刺激が大きく、妊娠する鍵を開けやすいとすれば、確かにそのようにも思える。余分な想いは到達度を減弱し、逆に余分な想いのない方が到達度が高く、妊娠する鍵をこじ開けやすいとすれば、非常にわかりやすい。

 神様はなかなか濃い思いで女を作ったものだと思われる。長く不妊外来に通ったあげく、疲れ果て、やめた途端できる多くの症例も、このような仕組みで考えればわかりやすいかもしれない。

 しかし、モーテルで頑張れば妊娠しやすいとして、子作りの人達がモーテルを思いつくだろうか、皆無に等しい。そもそもモーテルに連れて行ってくれるだろうか。結婚後わざわざモーテルに連れて行く必要はない。もともと基本的には男が女を連れて行くものである。あれこれ計画を練り、下調べ、下見し、連れ込むタイミングを見計り“ドキドキ”しながら連れ込むのである。そこには大きな下準備の高揚があり、一大イベントであり、めんどくさいことなのである。その二は“真摯な?”生殖に対する下準備があり、繰り返し、高揚感があり、下準備と土台を演出し、バックアップするとしたら、なるほどと理解できるところである。

以上

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